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腰痛緩消法・腰痛克服法までの誕生秘話 ※ 長文ですので、時間があるときにお読みください。
誕生秘話(腰痛が治るまで)
苦しかった腰痛時代からの生還 (生還は、少し大げさかな?) 長野県小川村で生まれ、中学を卒業後親元を離れ長野市の高校へ進学 豊かな家庭ではなかったため、お風呂のないアパートに一人暮らし。 アルバイトで学費と生計を立てていました。 アルバイトはガソリンスタンドで、高校より許可が出ていた。 1学年320人在籍で、許可を得ていたのは私だけ。 担任に先生が、バイクでガソリンを入れに来てくれました。 家賃2万円 高校の学費 月6000円 当時の1日の光熱費などを除いた生活費(食費)は、一日280円。 身長173cm 体重47kg (現在は174cm) ”夢は、3回食事ができること” 夢の実現のため、お金がなくても毎日が楽しかった。 アルバイトが終わった時間、近くの銭湯は開いてなく、 自転車で40分程度離れた友人の家にお風呂を借りに行き、 その帰り、よく補導されました。(深夜2時頃) 警察官;「またお前か」顔見知りです。 就職をした18歳当時、建設会社に勤めていました。 建設会社へ就職した理由は、お風呂付のアパートと 3回食事ができる分の給料が出たためです。(動機は不純) 体重が60kg程度になり、100kgの物が持ち上がるまでに力も付き 外の仕事でも給料が良かったため、楽しく仕事をしていました。 しかし、悲劇は突然訪れるものです。 18歳の9月、地下埋設管の工事中、崩落が起こり 胸の周辺まで生き埋めになりました。 運よく、骨折はしませんでしたが、腰を強打し激痛でした。 お金もなく病院へも行けず我慢の日々。 何とか2週間程度激痛を耐えながら仕事を続けましたが、 とうとう激痛のため下半身が ピクリ とも動かせなくなりました。 2Fで動けなくなったため119番へ電話 私;「まったく動けないんで助けてください」 消防署;「心臓は止まりそうですか」 (「死にそうですか」と聞いたかもしれない) 私;「心臓は止まらないと思うんですが・・・」 消防署;「では、寝台タクシーを使ってください」 私;「全く動かせないんです。しかも2Fです。」 消防署;「だから、寝台タクシーを使ってください」 らちが明かず・・・ 泣く泣く知り合いに連絡し、お金を借り寝台タクシーで ことを知ってタクシーの運転手さんは、大柄な男性が一人。 生まれて初めてお姫様だっこをされました。 運転手さんが素敵に見えました。(女性の気持ちが分かった瞬間かも) 長野市に誕生したばかりの総合病院へ(当時、長野県内では最高の設備) (最高のMRIなどの医療機器がそろっているとTVでやっていた) 病院の入口からストレッチャー(タイヤ付のベッド)で整形外科へ。 1分も診察なしで、MRIへ。 画像を撮影したあと、そのまま診察結果。 医師;「椎間板が飛び出していますから、椎間板ヘルニアです。 この白くなくてはいけない部分がこれだけ黒く映っていますから。 でも、まったく動けなくなることはないですよ」 意味不明な説明に 私;「えっ・・・ ヘルニアが原因ではないのなら、何が原因ですか」 医師;「・・・・・」 私;「動けない原因を調べてください。お願いします」 医師;「これ以上調べようがないんだよね。」 私;「じゃあ、このまま動けない状態でいなくてはいけないということですか」 しばらく医師は考えて、 医師;「じゃあ、痛いところに麻酔を打ちますので」 その後、麻酔を何箇所打たれたか覚えてはいませんが、 確かに痛みは軽くなり、帰りは普通のタクシーで帰りました。 その数時間後、麻酔が切れた・・・ また激痛で動けない・・・ このとき、もう病院へ行くことは止める決心がついていました。 繰り返し病院へ行っても、死ぬまで麻酔漬けになりそうで。 また、ほかの整形外科へ行っても同じと考えていました。 東京大学医学部でも、町医者でも同じ医師免許です。 基礎知識は一緒です。 その後考えた挙句、中学の体育の先生を思い出します。 その体育の先生は肩が外れた生徒を治していたことがあった。 (柔道整復師の資格があった ※整骨院の資格) 何とか先生の自宅を見つけ連絡。 夜8時くらいに伺いました。 2時間程度試行錯誤していただき、 這って動く、肩を抱えられて歩ける程度に回復。 長野市で一番腕の良いといわれる整骨院を紹介される。 これが長い道のりを歩くことになる。 当時18歳。 友人にも知り合いにも動けないほどの腰痛患者がおらず、 誰に聞くこともなく、先生の言葉を信じ整骨院へ。 私;「どのくらいで良くなりますか?」 整骨院長;「2・3か月通えばよくなると思うよ。ただし毎日ね」 私;「毎日ですか・・・」 他に頼るところもない私は、痛みに耐えながらできる限り 毎日仕事をし整骨院へも毎日通いました。 治療方法は、牽引と電気 時に、ポキポキ と。 治療費は忘れもしない 170円(保険適用 本当は違法行為) 3か月程度が経過し、全く治っていない状態で 私;「2・3か月通えばよくなると思うよ。ただし毎日ね。 と言われ、ほとんど毎日通っていますが、全く治りません」 整骨院長:「もう少し通えばよくなると思うよ」 そしてしばらくしてから 私;「2・3か月通えばよくなると思うよ。ただし毎日ね。 と言われ、もう少し通えばよくなると思うよとも言われ ほとんど毎日通っていますが、全く治りません」 整骨院長:「もう少し通えばよくなると思うよ」 これから3か月、浮気もせず信じて通い続けました。 通院を始めて6か月が経過した頃、自分ではなく、 周りが変わり始めます。 それは会社。 毎日のように残業をせず、早退も多く、平日も休む。 「クビにされるかも」上司、社長の様子を見て感じ始めました。 整骨院長に少し強い口調で 私;「このままだと会社をクビになりそうです。 会社に説明しますので、はっきりいつ治るか教えてください。 あと1か月でも半年でも仕方がないので」 整骨院長:「・・・・わからない」 信じて毎日通い続けた結果、「わからない」の返事。 半年以上の時間を返して欲しいと感じました。 治るかわからない治療を半年続けられた私ははっきり 「騙された」と感じました この瞬間は今でも忘れません。 長野県で一番の病院と長野市で一番の整骨院では治らない。 書店で腰痛関係や痛み関係の書籍を読み漁り、実行しましたが全く治らず・・・ 保険が適用されない高額な治療 鍼灸、マッサージ、整体師やカイロなどの民間の治療家を渡り歩きました。 一番安くて、30分3000円 藁をもつかむ思いで50件以上訪ね歩きましたが多少の痛みが改善される ことはあっても、治ることはありませんでした。 最高の治療家で、まったく動けない状態が壁伝いに歩けるように 中学の体育の先生が2時間かけて行ってくれたことを30分で行ってくれる。 これが最高の効果を出した治療家でした。 それでも、まったく動けない状態が少しでも動ける様になったことに感謝していました。 余談ですが、悪化した治療は マッサージ・指圧と整体 全く効果がなかったのが、整骨院の電気・牽引それと鍼灸 改善があったのは、1か所のカイロプラクティックと1か所の均整法 (あくまでも私の経験です) 当然、全ての治療が悪化したわけでもありません。 少しでも改善が見られた治療は、2/50の確率 1/25 25件に1件です。 当時、治療院の探し方ですがまず、書籍・タウンページ、口コミで 知った治療院や治療家に電話をします。 どこでも治らないことを説明し 私;「そちらで治りますか?」 治療家;「わかりません」 「わかりません」の返事の場所は、絶対行きません。 私;「そちらで治りますか?」 治療家;「治ります」もしくは、「改善します」 とはっきり言ってくれる治療院へできるだけ行きました。 50件の中で、神の手と呼ばれる治療家も訪ねました。 運転手を知人に頼みながら、東京・名古屋・大阪と・・・ 治療費は30分 1万5千円以上 それでも治れば安いと考え伺いました。 しかし、有名なら有名な人ほど痛みが全く変わらない・・・ 私;「治るというから大阪まで伺ったのですが、まったく痛みが消えません!」 治療家;「痛みは消えてるでしょ」「痛みは消えているはずだ」 そして、治療費は当然取られました。 一番つらかった治療は 指圧 なんとか車を運転しながら有名な指圧師(理事)のもとへ。 有名な人は治療室が違う。壁中賞状だらけでした。(180°) 診察台に乗ってから 一押し目 私;「あ”っ・・」 まったく動けなくなりました。 私;「ちょっちょっと待ってください・・・」 数分たっても激痛が消えず、治療は断りました。 私;「治るというから伺ったのですが、まったく動けなくなって。 すいませんが治療費は払えません」 しかし・・・ 指圧師;「なに!絶対払え!」と怒鳴られ・・・ しぶしぶ治療費(たぶん1万円)払い、友人に迎えに来てもらいました。 その3日何とか動ける状態になり、車を取りに。 治療家との思い出はまだまだありますが・・・ (お会いした時にでも時間があればお話しします。結構笑えます) 仕事と家庭のことでは・・・ 21歳で建設会社を退職 理由は、腰痛でまともに動かなかった体と また事故を起こすかもしれない将来の不安。 体と相談しながら細々と自営業を始め、23歳で法人へ。 その後、もう1社会社を設立し、現在に至ります。 「従業員を雇ったら少しは楽になる」と考えてもいたが、 現実は、休む暇もなくさらに腰痛が悪化していきます。 ひどい時には2日に1回動けなくなり、 治療院へ行って壁伝いに歩けるようにしてもらい・・・ 治療院へは1か月12回が最高記録です。 従業員には「休んでくいださい」といわれるものの、 それでは売上げが上がらず、会社が維持できない・・ 痛みとお金でストレスの毎日でした。 結婚は23歳の時。 世の中とは不思議なもので、まともに動けない男と結婚してくれる女性がいると感心。 子供4人に恵まれました。 「なぜ、ひどい腰痛なのに子供を授かることができたかって?」 (この話もお会いした時に聞いてください。答えます) 日常生活では、コルセットを3つ腰の周辺に巻きつけている状態 3分腰痛解消法のコルセットの捲き方は、20歳ころから必ず毎日行っていたため、 皮膚が擦り切れ、毎日出血していました。 腹巻の上にコルセット。 この擦り傷の痛みが、腰痛をごまかしてくれたので助かっていました。 コルセットを外すときは、お風呂の時。 しかし、コルセットを外すと立てない時もあり、 お風呂に入る時もコルセットをつけたまま・・・ しかし、コルセットをつけたままでもいいことがありました。 それは・・・ 体とコルセットが一緒に洗える 「これが一石二鳥」 と笑っていたのを覚えています。 このようになると、もう笑うしか生きている意味がわかりません。 トイレには、妻の手を借りないと行かれないため 3日程度トイレの中にいたこともあります。 食事も当然トイレの中。 これなら、迷惑をかけることもありません。 (自宅にはトイレが他にもあった) 歯磨きの前屈、くしゃみ、咳、あくび など、 些細な動きですら動けなくなることが多く、 ”どのようにしたら動けなくなることを防げるか” まずは、毎日このことばかりを考えていました。 ”くしゃみをするから動けなくなる” それならくしゃみをしなければいい。 他に、歯磨きの前屈、咳、あくび も同様 動けなくなる動作をしなければ、なんとか動けている状態。 (方法はお会いした時に聞かれれば話します) そして、予期せぬことは ”寝返り” なる時は丸まったまま寝ます。 仰向け、うつ伏せは激痛で14年間できない。 寝返りを打つと激痛が走り、動けなくなることを幾度となく経験したのち あることが起こります。 それは、寝返りを打つ前に必ず起きる。 寝返りを打つと、激痛になることを体が覚え、 寝返りの前に目が覚めるようになりました。 3時間程度に1回は起きます。 激痛で眠れなく、明日のことが心配な日も多くありました。 50回程度動けなくなることを経験した頃から 「痛くて寝れないなら、寝なければいい」と考えられるようになり、 3日程度は全く寝れない時もありました。 しかし4日目になると、2時間程度でも必ず寝ることができました。 子供が私の近くに来ると、 妻:「お父さんの近くに行っちゃダメッ!」と。 私はバイ菌か・・・嫌われているようで (動けなくなることを避けるため、気を使っている) 18歳から30歳までの間、150回以上は動けなくなっています。 当然、やりたかったことはたくさんあります。 しかし、腰痛がひどくなればなるほど、諦めます。 遊ぶことより、動けるときは仕事。 1か月のうち、1週間は動けない時も多く、 土日も代わりに働き、子どもと遊ぶこともほとんどしていません。 こんな辛い日が、12年程度続きました。 【転機】 2つの事が重なったことで、私に転機が訪れます。 1つは、どこでも治らず18歳当時と同じまま12年を送り、 治療家には、「何が原因で私は動けなくなるのですか」 的を得た答えは、誰一人しませんでした。 腰痛治療への、不安・不信が大きくなっていました。 12年の間、書店に販売している腰痛や痛みに関する書籍は ほとんど読んだと思います。 (物理的な証明がされているものだけ) 今更、痛みがストレスや自律神経の問題、つぼ、気候など 証明されていないことを読むつもりはありません。 医学書から、ある文献を見つけます。 「椎間板は神経より軟らかいので圧迫できない」 「腰椎内の神経を圧迫しても痛みやしびれは出ない」 「痛みの感じる神経のある場所は、筋肉である」 私の激痛は、筋肉から来ている。 筋肉に何かしらの異常があることがわかります。 そしてもう一つ。 妻がかなり冷たくなっていました。 12年以上動けなくなるたびに世話をしてくれたので当然でしょう。 子供も小さいですし。 ほかの家庭と比べても、こんな父親では・・・ 「ヨシッ!一から勉強してみよう」 そう決心して、筋肉の研究をしている研究者の資料を探します。 日本国内では、筋肉の研究をしている人はいなかったです。 (痛みの研究をしている人はいないことになる) 世界に目を向けました。 しかし、生存しているで筋肉の研究者は確認できませんでした。 (世界でも痛みの研究をしている人はいないことになる) 過去の研究者を見つけ出し、研究資料を入手し、記載してあることに驚きます。 (30年以上前の資料) まず、痛みは筋肉の緊張から起こっていること(筋肉が硬い) その痛みを出す筋肉の硬さは 2種類 ある。 1つは、緊張している時間が短い(最近、硬くなった) そしてもう一つ、緊張している時間が長い(長い間、硬いまま) そして、筋肉が軟らかくなれば痛みが消えることがはっきり理解できます。 生きる光が見えた瞬間です。 緊張している時間が短い筋肉は、電気、温熱、ストレッチやマッサージなどでも 軟らかくすることはできます。 過去からある技術・治療方法ということになります。 緊張している時間が長い筋肉は、ストレッチ・牽引やマッサージ、指圧では 軟らかくならず、さらに緊張させる。(悪化する) そして、腰・でん部・足の痛み・しびれは、腰の中に 緊張している時間が長い筋肉があるため。 簡単に言うと、腰の筋肉が硬いから、私は動けなくなっていたということ そして、緊張している時間が長い筋肉を軟らかくする方法は 確立されていないということ。 生きる光が見えたと思った瞬間に、奈落の底へ落とされた気分・・・ 腰痛の原因がはっきりわかっても、原因を取り除く方法がない・・・ ”死ぬまで腰痛に苦しみながら生きるしかない” しかし、諦めている場合ではない現実がありました。 妻もいます。子供もいます。家庭があります。会社があります。 従業員もいます。従業員の家族もいます。 私が人生を放棄した場合、路頭に迷う人が沢山います。 2年程度筋肉を軟らかくすることを考え実験を繰り返しました。 ”揉む””叩く””押す””伸ばす” 結局、その方法は確立できないまま、50回程度は動けなくなりました。 諦めきれず、最後に行ったこと それは、骨盤や骨格の歪みを全て同時に戻す方法 ”腰痛克服法”を考案し、実行しました。 無理をしているので、10日間は激痛で動けませんでしたが、 その後、少しずつ痛みが消え始め40日後、 14年間ほとんど巻いていた3つのコルセットを外しても動けるようになり、 開始2ヶ月後には、小走りもできるようになりました。 1年後には、コルセットをしないまま普通の人と同じように生活ができる遥にまでなりました。 しかし、痛みは消えたわけではありません。 その後、腰痛で苦しむ人は何人も出会いましたが、 ”3分腰痛解消法”のコルセットを巻く方法程度のことしか教えませんでした。 (あれだけの激痛に耐え、腰痛克服法を実行できる人はいないと考えていた) 自分が治れば、人のことは親身にならない自分がそこにいました。 しかし、 自分で腰痛を治した方法を伝えてあげないことが、 人生を後悔することになる悲しい出来事がありました。 そして、腰痛の原因と、自分が腰痛を治した方法を記載した書籍を出版を考えました。 誕生秘話(腰痛緩消法ができるまで) 痛みの原因は筋肉の緊張であり、筋肉が軟らかくなれば痛みが消える そして、私が筋肉を軟らかくした方法”腰痛克服法”を記載した 書籍の出版を考え、執筆を始めます。 ただ、常に考えていたことは、自分で腰痛を治した方法は時間がかかる。 直接筋肉を軟らかくすればすぐに痛みが消える。 突然のひらめき 緊張している筋肉の細胞と構成 そして、その筋肉がどうなれば軟らかくなるか 一瞬にして頭を駆け巡りました。 「この理論が正しければ、筋肉が軟らかくなり多くの人の痛みは消える」 この瞬間から、筋肉を直接軟らかくする研究を始めました。 実験には、生体が必要です。 誰でも筋肉が軟らかくなるか実証するために、270人集めます。 その中で90%以上の筋肉が軟らかくなることを実証することができました。 その方法が”緩消法”(かんしょうほう)です。 ※筋肉を緩めて痛みを消す方法 そして、腰・でん部・足の痛みや痺れを消すために考案したのが ”腰痛緩消法”です。 2007年10月のことです。 但し、この時点での成功率は90%。 10%の筋肉は軟らかくならない 10%の人は、痛みが消えないということです。 しかし、90%以上の人が痛みが消えるのですから、 そのまま方法を記載し、書籍の出版を行います。 まず、どこで治療しても治らないと訴える腰痛患者300名を集めます。 そして、改善率80%の結果。 残りの20%(約60名)は直接自宅まで伺い研究を行いました。 2008年2月 全ての人の筋肉を軟らかくすることに成功し 現在の”腰痛緩消法”が誕生。 改善率100%になります。 痛みの箇所により、筋肉が緊張する部分が異なるため、さらに研究を繰り返します。 2008年2月 足の親指・人差し指の痺れの原因である臀部の神経経路を発見。 そのため、足の親指・人差し指の痺れを消すことに成功 2008年 3月 手術後、ブロック注射、鎮痛剤の影響で、筋肉が骨化する症状の発見。 研究開始。 2008年4月に、骨化している筋肉を軟らげることに成功。 後遺症・弊害に苦しむ人を救えるようになる。 2008年 4月 医学書に記載の無い神経経路を新たに2箇所発見。 そのために起こっていた、痛み・痺れを改善させることに成功。 『脊柱管狭窄症』と診断、手術を宣告されていた全ての人を改善させる。 (無痛の状態で、足が全く動かないなど、運動麻痺は除く) 2008年8月 腸骨に筋肉が癒着している症状(麻酔を行った結果)を見つけ 100%痛みの原因の特定ができました。 最後の原因の特定に2ヶ月以上かかりました。 その後、新しい原因の箇所は発見できていません。 原因の特定が100%になるまでの研究に3,000人以上かかりました。 そして、研究に協力していただいた多くの人に感謝しています。 現在、日本中で講演活動や指導を行っていますが、 薬害による痛みで苦しんでいる人が沢山います。 薬は病気を治すもの 一般の人は、そう考えているのも無理はありません。 そして、全ての薬品が悪いと否定しているわけでもありません。 痛みで上半身が起こせず、寝たきり状態の患者の自宅訪問は43件 現在、全ての人が社会復帰をしています。 痛みで立つことが出来ず車椅子の状態は200人以上出合いました。 体が大きく変形した障がい・変形・奇形と痛みに苦しむ人も沢山出会いました。 その全ての人が、麻酔を使い続けたことによる痛みだったことは驚きです。 私は研究者ですが、西洋医学の研究者です。 整体・つぼなどの東洋医学ではありません。 人間の構造から痛みの原因を特定し、物理的に痛みが消える方法を確立しました。 どこで治療しても治らなかった腰痛患者の改善率 100%と言えば、 嘘に聞こえるかも知れません。 しかし、人間の構造、筋肉の構造は誰でも同じです。 私も14年間どこで治療しても治りませんでした。 治らなかった理由は簡単です。 ”痛みの原因を誰も知らなかったこと” ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 痛みの原因解明と痛みの原因を取り除く方法ができた今、 「腰痛は治らないものだ・・・」 「この腰痛と一生付きうのか・・・」 しかし、諦める必要はありません。 すでに、どこで治療しても治らなかった 手術をしても消えなかった痛みや痺れ、 6,000人以上が痛みが消えることを実証し、 毎日のように腰痛が治った 改善した 歩けるようになったなど 手紙、メール、講演会場で公表しています。 腰痛は自分で克服できます。 ご心配は要りません。ご安心ください |
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